一連の不祥事案を受け、損保ジャパンではカルチャー変革や品質向上といった事業基盤の抜本的な変革に取り組んできました。損保ジャパンで事業基盤変革を担当するCCuO(チーフ・カルチャー・オフィサー)の酒井と、品質管理委員会において社外有識者委員を務められた長澤恵美子氏が、事業基盤変革の取組みの現在地と今後の課題について語り合います。
対話と承認の文化の醸成
酒井 日本経済団体連合会(以下、「経団連」)でご活躍された長澤さんと当社の関係は大変長く、歴代の社長や会長が、経団連自然保護協議会会長や、企業行動・SDGs委員会にあたる組織の委員長に就任した際にも、支えていただきました。当社の業務改善計画のなかで「品質管理委員会」を立ち上げ、お客さま本位で業務品質を改善していく、そのためには社外の視点を入れることがとても大切だという考えに至りました。その際、有識者委員候補として真っ先に頭に浮かんだのが長澤さんでした。財界を含めて非常に広いネットワークをお持ちで、企業が果たすべき社会的責任についてもっとも深く考えてこられた方です。お声がけをしたところご快諾いただき、2024年4月から約2年間、品質管理委員会をサポートいただきました。
長澤 損保ジャパンは、サステナビリティの分野でリーダーとして活動し続けてきた企業です。だからこそ、一連の事案の発生に大変心を痛めており、何かお役に立てることがあるのであればと思い、委員をお引き受けしました。
これまで私は経団連で企業行動憲章やサステナビリティ対応に関わってきましたが、なかでも企業文化や現場の行動変容というのは、難しいテーマの一つだと思っています。品質管理委員会でも、単なる制度の整備にとどまらず、現場において本当にお客さま視点が機能しているのかという観点から、率直に意見をお伝えさせていただきました。
酒井 業務改善命令では、上意下達、顧客・コンプライアンス軽視、経営と現場の乖離といったカルチャー面の課題が強く指摘されました。「SJ-R」では事業基盤と収益基盤という2つの変革に取り組んでいますが、このようなカルチャーを変革し、お客さまのことを深く考え行動できるよう、さまざまな施策を展開してきました。
最初に取り組んだのが経営陣と社員との対話です。この2年間で、延べ約1万8,000人(2026年5月末時点)の社員との対話を実施し、経営陣自らが変わる姿勢を示すとともに、対話と承認の文化を醸成することに力を入れてきました。当初は経営に対する不信感もあり、社員から厳しい言葉をかけられることもありましたが、今は「発言してもいいんだ」「自分自身も変わらなければいけない」「自分たちが変えていこう」といった声が増えてきており、社員の意識の変化を実感しています。
また、約1万5,000名の社員の声を聞き、「損保ジャパンでよかった。SOMPOでよかった。」というビジョンと「お客さま、社会、そして自分にまっすぐ。」というバリューを策定し、現在はその浸透に注力しています。日々の業務や行動のなかで、ビジョン・バリューに沿った行動ができているかを日々振り返り、対話をしながら進化させていくことが重要だと考えています。
「お客さま本位の業務運営」とは
長澤 損害保険という事業は、目に見えない「安心」や「信頼」を提供する事業です。ですから業務品質やお客さま視点の問題は、企業の存在基盤そのものに関わる課題だと思っています。今回の変革は、単なるコンプライアンス強化ではなく、「私たちはどのような価値を社会に提供するのか」を問い直すものだととらえています。
ただ、議論していてとても難しいと感じるのは、この業態における「お客さま」の定義です。社員に尋ねると、それぞれの立場で異なる答えが返ってくる可能性があります。この難しさは、代理店さんなどのさまざまなステークホルダーがビジネスモデルに組み込まれている点から来ています。そのため、会社として丁寧に定義していかなければなりません。これらのステークホルダーの皆さんが会社の提供価値を理解し体現できるまで徹底して進めていかなければ文化が根付いたとは言えないと思っています。
酒井 代理店さんの先にお客さまがいるにもかかわらず、代理店さんだけに目が向いてしまい、代理店さん偏重の施策が展開されてきた過去がありました。今、社内では改めて「お客さま本位の業務運営とは」という議論を深めています。私たちが行き着いた答えは、「お客さまに対して、当社として考える最善の提案や対応を誠実・公正に行い、そして、その提案や対応の理由について説明責任を代理店さんとともに果たすこと」です。
この実践のために大切なことは「リスクオーナーシップ」だと考えています。会社が目指している方向をしっかりと理解したうえで担当業務のなかで、どのような「困ったこと」が起こりそうか、どうすればそれを防げるか、そして、もし起こってしまったらどう対処するかを一人ひとりが主体的に考え、行動することが大切だと考えています。
「伝える」から「伝わる」へ
酒井 品質管理委員会に有識者の皆さまに入っていただいたことで大きく感じた変化の一つが社外への発信です。例えば、従来の当社の業務改善報告書は、文字での説明が中心の資料でしたが、「一般の方にもわかりやすく、社員が会社の変化を感じられるものにすべき」とご指摘をいただき、読みやすさにこだわった資料に変えました。かつて社外取締役から「当社は発信主義だ」と言われたことがあります。発信した情報が、届けたい人にきちんと「着信」しているかという視点が抜け落ちているというご指摘でした。
長澤 「伝える」と「伝わる」は違います。伝えているつもりでも、相手に伝わっていなければ意味がありません。今では、AIなども活用しながら、「着信主義」にこだわった発信に変化してきていると聞き、頼もしく感じています。
重要となる「仕組み化」
酒井 当社は20年ほど前にも行政処分を受けた過去を持っています。なぜ当時の反省を活かせなかったかを考えると、仕組み化ができていなかったことが大きいと感じています。
今回の問題を忘れず、二度と同じ過ちを繰り返さないために、本社内に「伝承室」をつくりました。過去からの行政処分と会社の動きなど私たちの改善の歩みを記した年表やお客さまや社会からの叱責の声など、動画、パネルや音声を通じて、視覚と聴覚で体感できる施設としており、職場単位での訪問のほか、新入社員や新任部店長など、これまでに約6,000人の社員が訪れています。また毎年11月を「振り返り月間」に設定し、職場ミーティングを実施しています。私たちがお客さまや社会からいかに信頼を失い、ご迷惑、ご心配をおかけしたのかを振り返り、忘れないことを仕組みにすることが大事だと思っています。
長澤 志を伝承するために仕組み化することは素晴らしいことです。社会全体においても仕組み化は重要視されています。
一方で、先ほど申し上げたとおり、これを代理店さんにまで波及させ実践していくことは非常に難しいことだと思います。自社だけにとどまらず業界全体のカルチャーにしていかなければ、自分たちのカルチャーを守っていくことはできません。サステナビリティ分野でリーダーシップを発揮してきたように、損保ジャパンにはこの分野でもリーディングカンパニーとして他社や業界を引っ張っていただくことを期待しています。
損保ジャパンならではの価値創造
酒井 ありがとうございます。まずは現在取り組んでいる業務改善計画の一つひとつの施策を、当たり前の行動として根付かせることが大前提だと考えています。そのうえで、「当社が今後100年先も選ばれ続けるために、どのような価値を提供するのか」についても議論を深めてきました。経営陣や若手社員を交えて何度も議論を重ね、創り上げたのが価値創造ストーリーです。ここには、収益を上げるだけでなく、社会へ価値を還元するという、社会価値と経済価値の両輪を回す姿勢が色濃く打ち出されています。その実践に向けた具体的な取組みが、2026年度から本格スタートした「HIKESHI DNA 2030 Project」です。1888年に創業した当社の原点は「人々を罹災からお守りする(火消し)」ことにあります。この精神を受け継ぐ「現代のHIKESHI」として、災害の発災前の予防、発災中、そして発災後まで、一貫してお客さまを支える商品やサービスを提供していきたいと考えています。
長澤 「HIKESHI DNA」は非常に重要であり素晴らしいと思います。原点に戻り、今必要なこと、未来に必要なことを考えていくことが極めて重要です。
後戻りさせないために
長澤 カルチャー変革で一番難しいのは、危機感が薄れた後に元に戻らないようにすることです。そのためには、経営トップが繰り返しメッセージを発信し続けること、そして現場の社員や代理店さんとの対話を継続的に行っていくことが重要です。お客さまから
の信頼や社員が安心して声を上げられるといった「数字だけでは測れない部分」を重要視し続けるべきです。外部の視点を継続的に取り込みながら、変革を特別なプロジェクトとしてではなく、日常の経営に組み込んでいく必要があります。現場の社員が「これはお客さまのためにならない」と感じたときに安心して声を上げ、そうした行動が評価される組織文化になって初めて、カルチャー変革が本当に定着したと言えるのだと思います。
酒井 おっしゃるとおりです。「経営陣から変わる」ということを宣言し、それを継続していく、経営トップの変わらぬ意思を示し続けることは本当に大事です。そしてもう一つは、先ほどもお話しした「リスクオーナーシップ」です。これを言い換えると、私は「圧倒的な自分ごと化」だと思っています。「おかしい」と感じたことには前例にとらわれず声をあげられる心理的安全性に加え、社員一人ひとりがパーパス・ビジョン・バリューを大切にし、常に「自分ごと」ととらえることが、変革を後戻りさせないための核心だと考えています。